平成26年度 頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム ( 文科省 )
国立大学法人 大分大学医学部 環境・予防医学講座
世界最高峰のヘリコバクター・ピロリ研究を目指す消化器病研究拠点形成

国際共同研究

(2)研究目的及び到達目標

1.研究の学術的背景

① 研究の学術的背景

ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は全人類の約半数が感染して、消化器疾患をはじめとした多彩な疾患を引き起こす世界最大の感染症の一つである。消化性潰瘍、消化管出血などの急性期疾患から、ピロリ菌感染の最終病態とも言える胃癌の発症まで、ピロリ菌感染による健康への負担は非常に重い。胃癌は全世界で年間発生数が1,000,000を超え、全癌死亡の10%を占める。さらに、ピロリ菌感染が引き起こす疾患は、特発性血小板減少性紫斑症など胃外疾患にも及ぶためピロリ菌関連疾患という概念が形成されつつある。ピロリ菌感染は、感染後すみやかに死に至る感染症ではないが、長期的には重大な結果をもたらすことから、人類最大規模の新興感染症であるといっても過言ではない。一方、ピロリ菌感染による疾患発症メカニズムは未だ不明な点が多い。単一の病原体であるピロリ菌がどうして多彩な疾患の原因となるのか、多くの感染者の中からどのような背景をもつ宿主が特定の疾患を発症するのかについてはほとんど明らかになっていない。日本は昨年度、慢性胃炎のピロリ菌除菌治療の保険適応化により、感染症例のほぼ全例に除菌を行うという方向へ舵を切ったばかりである。つまり、ピロリ菌感染の撲滅を試みる世界初の国であり、この分野で世界を牽引していく責務がある。 大分大学は、日本で最も古くからピロリ菌の重要性を認識していた大学の一つで、日本ヘリコバクター学会理事長を輩出し、現在も全学研究推進機構の重点研究領域として「ピロリ菌感染症」が掲げられている。さらに近年、その研究範囲は国外数十カ国を巻き込み大きな展開をみせ、平成19-21年度概算要求特別教育研究経費「東アジアにおけるヘリコバクター・ピロリ感染と胃癌研究の拠点形成」、平成21-23年度戦略推進費「アジアにおけるヘリコバクター・ピロリ菌の分子疫学研究」(S評価)にてピロリ菌研究を推進し、平成22-24年度組織的な若手研究者等海外派遣プログラム「東アジア分子疫学研究推進のための若手研究者派遣プログラム」、平成22-24年度頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム「消化器感染症の最先端研究と中米におけるフィールド調査」(以下頭脳循環プログラム)では、ピロリ菌研究を行う若手研究者の人材育成にも力を注いできた。さらに、大分大学では、大学推薦の国費留学生制度を用いた留学生の受入れに着手し、「ピロリ菌感染症研究留学生人材育成プログラム」を平成21年に開設し、現在も4名(ベトナム2名、インドネシア、タイ各1名)が国費留学大学院生として、さらに1名(バングラディシュ)がRONPAKU(論博)制度でピロリ菌研究を行っている。

 主担当研究者の山岡は1997年より2009年まで米国テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学でピロリ菌の研究を続け、2004年からは国立衛生研究所(NIH)研究費(R01)を研究代表者として獲得、2009年に帰国後も、両大学で研究を継続している。山岡は、ピロリ菌の遺伝子型の同定に基づく亜型分類を他に先駆けて提唱し、世界をリードする業績を上げてきた。1998年にはピロリ菌の病原遺伝子cagAの構造が東アジア菌と欧米菌で異なり、その構造の差異が胃癌発症に関与することを初めて報告(J Clin Microbiol インパクトファクター[IF] 4.068, 被引用回数260:Gastroenterology IF12.821, 被引用回数177)、2000年には、胃発癌に関与する新規ピロリ菌病原因子OipAを発見・命名(PNAS IF9.737、被引用回数325)、さらに2005年に十二指腸潰瘍を引き起こす新規ピロリ菌病原因子DupAを発見・命名した(Gastroenterology被引用回数158)。ピロリ菌の遺伝子型の分子疫学研究は、単に医学研究に留まらない。山岡らはアメリカ原住民のピロリ菌が東アジア型に近いタイプを持つことを報告し、ピロリ菌がヨーロッパから持ち込まれたという当時の説を覆した(Science 2003 IF31.027、被引用回数603)。その後も複数遺伝子の塩基配列からピロリ菌を分類する手法を用いて、ピロリ菌が約58,000年前に人類とともにアフリカを旅立ち、その後徐々に進化してきたことを証明した(Nature 2007 IF38.159,被引用回数 458 : Science 2009, 被引用回数 127)。また山岡は、2008年には、Helicobacter pylori: Molecular Genetics and Cellular Biologyという単行本を編集長として発行し(現在新刊編集中)、帰国後の2010年には、Nature Review Gastro & Hepatol (IF10.426, 被引用回数 112)に総説を発表するなど、世界をリードする研究成果をあげている(IF10点以上の雑誌に25論文発表、被引用回数100回以上の論文数29)。  山岡が学んできたベイラー医科大学は、年間訪問患者600万人を誇る世界最大の医療センターであるテキサス・メディカルセンター内にあり、大規模な医療・研究センターであるにもかかわらず、垣根を越えた臨床技術交流、教育・研究の活発な交流拠点を目指し、基礎研究部門と臨床部門が自由に意見を交換できる場や、各種教育プログラム等が充実している。テキサス・メディカルセンター内には、消化器疾患に携わる臨床医および研究者からなるテキサス消化器病センター(Digestive Diseases Center:DDC)があり、

全米の消化器病研究分野において「世界最先端の医療・研究を行えるモデルケース」として高く評価され、消化器感染症や消化器癌に関する研究において、世界のトップレベルに位置している。特にベイラー医科大学は、基礎研究、臨床研究および疫学研究に至る分野で高度な教育、研究、治療等を実践している。平成22-24年度頭脳循環プログラムでは、大分大学の若手研究者がベイラー医科大学で、ピロリ菌を含む消化器感染症の最先端を学ぶと同時に、発展途上国であるドミニカ共和国で実際の疫学調査を体験させて、外交力のある人材を育成するという事業を展開し、新規ピロリ菌病原因子候補やヒトにのみ存在するToll-like receptorによる自然免疫がピロリ菌感染において、非常に重要な働きを示していることなど様々な成果をあげ、帰国後も精力的に研究を続けているが、国際競争に打ち勝つためには、双方向の人的交流も含めたベイラー医科大学とのさらなる強固な国際研究ネットワークが必要である。これまでに築き上げてきたネットワークを維持するために、平成22-24年度頭脳循環プログラム修了後も、我々は科研費などの外部資金に加え、大分大学学長裁量経費による支援も受けて、若手研究者をベイラー医科大学に派遣し、ベイラー医科大学の研究者を大分大学の特別授業に招へいする事業を展開してきた。ベイラー医科大学の研究者(David Y. Graham教授)の大分大学での講演は大きな反響を呼び、受講後、数名の医学生がピロリ菌研究を開始し、日本消化器病学会総会のシンポジウムで発表するなど予想以上の成果をあげてきた。しかし人的交流をこれらの資金のみで行うにも限界があり、今年度も、4月から3名の若手研究者をベイラー医科大学に派遣したばかりであるが、1名を除き、自費留学という形態を取らざるを得ない状況である。今まで築きあげてきた国際研究ネットワークを強化し、大分大学をピロリ菌研究の世界最高峰拠点とするためには、ぜひ本事業における支援をお願いしたい。

② 学術的な特色や独創的な点、到達目標とその検証方法

我々は今までに、2種類のピロリ菌病原因子を発見し、命名するという世界でも例をみない成果をあげ、ピロリ菌関連疾患の発症メカニズムを解明してきた。さらにピロリ菌を用いて人類の移動の歴史を紐解くという挑戦的かつ独創的な研究を行ってきた。本事業でもさらなる新規病原因子の発見や機能解明、人類の移動の詳細な検討を行う計画であるが、今まで用いていた手法だけでは困難であることは明らかである。そのためベイラー医科大学 (テキサスDDC) の持つより高度な手法 (例えば、次次世代シーケンサーを用いた解析や後述するOrganoidを用いた検討) を用いる計画である。すでに平成22-24年度頭脳循環プログラムの成果として、新規病原因子候補がいくつか想定できており、大きなブレークスルーを引き起こす可能性を秘めている。 ただ、今まではピロリ菌の遺伝子型に焦点を絞って研究を進めてきたが、ピロリ菌のみで疾患発症メカニズムが完全に説明できるわけではない。弱病原性のピロリ菌に感染したヒトでも胃癌になる症例も存在する一方、強病原性のピロリ菌に感染していても、胃癌にも消化性潰瘍にもならずに一生を過ごすヒトの方が圧倒的に多いという事実から考えても、ピロリ菌関連疾患は、宿主であるヒトの遺伝的因子も関与している多因子疾患といえる。このようなピロリ菌関連疾患の発症メカニズムを解明するには、ピロリ菌とヒトの因子の双方を解析し、両者の相互作用を深く理解する必要があり、本事業では、ピロリ菌とヒトの相互作用にも目を向ける。また、世界各国のピロリ菌を検討するには、疫学調査が必要であるが、日本の医学教育において、とかく疫学は軽視されがちであり、自ら疫学研究及び疫学調査を実施する研究者は極めて少ない。近年研究者と製薬会社の癒着を発端とした論文捏造事件が世間を騒がせたが、原因の一つとして、研究者のモラルの低下のみならず、疫学に精通した医学研究者の不足による外部研究員の動員によると考えられる。テキサスDDCには、消化器疫学研究の世界的権威がおり、急務である疫学的視点をもった医学研究者の育成を目指す。以上、本事業では、1) ピロリ菌の病原因子の解明、2) ヒトの疾患感受性因子の解明、3) ピロリ菌とヒトの相互作用と共進化の理解、4)疫学的視点をもった医学研究者の育成を目的とする研究拠点形成を到達目標とする。さらに、若手研究者がテキサスDDCを良きモデルケースとして学び、大分大学に設立を計画している大分大学DDC設立・運営のハード面、ソフト面で中心的役割を担うことが期待できる。まだ日本では普及していない、外交力を伴った真の意味で自立した研究者や、分子医学研究部門、臨床研究部門、疫学調査部門、統計解析部門といった多部署を総合的に統括できる強いリーダーシップを持った人材の育成を、本事業で育成することを目標とする。   学術面での到達目標の検証方法としては、top10%補正論文に発表できるか否かが重要であるが、論文発表後引用されるまでに時間がかかるため、インパクトファクターの高い雑誌への国際共著論文の発表で代用する。また外部資金の獲得、特に派遣から戻った若手研究者が、科研費若手Aに応募できる計画性を持てることも検証方法となる。大分大学DDCの運営状況も重要な評価対象となりうる。

③ 国際研究ネットワークの強化・拡大に関して客観的な指標に基づく到達目標

論文発表の他に、米国のNIHの研究費獲得を重視したい。NIHの研究資金として日本円で億円規模のものはR01といわれる研究費で、米国市民や永住権保持者でなくても世界中の研究者がチャレンジ可能な研究費であるが、近年の採択率は10%を大きく下回る超難関である。山岡は、2004年に研究代表者(PI)としてピロリ菌研究に関して R01を確保し、現在も研究を続けている。本事業の成果で、国際共同研究事業としてのさらなるNIH R01の獲得を目標とする。また、ベイラー医科大学の研究者がPIとなるNIH研究費に、大分大学の研究者がCo-PIや共同研究者として名を連ねることも国際ネットワークの強化・拡大の指標となりうる。