ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は全人類の約半数が感染して、消化器疾患をはじめとした多彩な疾患を引き起こす世界最大の感染症の一つである。ピロリ菌感染は、感染後すみやかに死に至る感染症ではないが、長期的には重大な結果をもたらすことから、人類最大規模の新興感染症であるといっても過言ではない。ピロリ菌感染による疾患発症メカニズムは未だ不明な点が多い。単一の病原体であるピロリ菌がどうして多彩な疾患の原因となるのか、多くの感染者の中からどのような背景をもつ宿主が特定の疾患を発症するのかについてはほとんど明らかになっていない。日本は、ピロリ菌感染の撲滅を試みる世界初の国であり、この分野で世界の主導的な役割を果たすべき責務がある。特に大分大学は、日本で最も古くからピロリ菌の重要性を認識していた大学の一つであり、世界一のピロリ菌研究拠点となりうる機関であると自負する。主担当研究者の山岡は長年米国テキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学でピロリ菌の研究を続け、2009年に帰国後も、両大学で研究を継続している。ベイラー医科大学は、世界最大の医療センターであるテキサス・メディカルセンター内にあり、大規模な医療・研究センターであるにもかかわらず、垣根を越えた臨床技術交流、教育・研究の活発な交流拠点を目指し、基礎研究部門と臨床部門が自由に意見を交換できる場や、各種教育プログラム等が充実している。テキサス・メディカルセンター内には、消化器疾患に携わる臨床医および研究者からなるテキサス消化器病センター(Digestive Diseases Center:DDC)があり、全米の消化器病研究分野において「世界最先端の医療・研究を行えるモデルケース」として高く評価され、消化器感染症や消化器癌に関する研究において、世界のトップレベルに位置している。平成22-24年度頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム(頭脳循環プログラム)では、大分大学の若手研究者がベイラー医科大学でピロリ菌を含む消化器感染症の最先端を学ぶと同時に、発展途上国であるドミニカ共和国で疫学調査を行う事業を展開し、新規ピロリ菌病原因子候補や今まで知られていなかったピロリ菌と相互作用を持つヒト側因子を見つけるなど様々な成果をあげ、帰国後も精力的に研究を続けている。しかしながら国際競争に打ち勝つためには、ベイラー医科大学とのさらなる強固な国際研究ネットワークが必要である。そこで、本事業では、計4名の若手研究者をベイラー医科大学に派遣し、1) ピロリ菌の病原因子の解明、2) ヒトの疾患感受性因子の解明、3) ピロリ菌とヒトの相互作用と共進化の理解、4)疫学的視点をもった医学研究者の育成を目的とする研究拠点形成を到達目標とする。さらに、テキサスDDCをモデルとした大分大学DDCの設立・運営に寄与する人材育成を目標とし、強力な国際共同研究ネットワークを構築し、大分大学が世界一のピロリ菌研究拠点となることを目指す。
1) ピロリ菌の病原因子の解明:テキサスDDCのヒト・マイクロバイオームプロジェクト(HMP)の研究者と連携し、次世代および次次世代シーケンサーを用いた解析で、新規病原因子の発見を目指した研究を行う。さらに、Organoidというシステムを構築し、平成22-24年度頭脳循環プログラムの成果として得られた病原因子候補などの機能解析を行う。
2) ヒトの疾患感受性因子の解明:ゲノムワイド関連解析(GWAS)や、平成22-24年度頭脳循環プログラムの成果として得られた、ピロリ菌感染において重要な役割を果たすと考えられる因子の機能をOrganoidシステムで解析する。
3)ピロリ菌とヒトの相互作用と共進化の理解:前述のピロリ菌の全遺伝子およびヒトのGWASによるデータを対応させ、その対応関係を解析し、ピロリ菌を用いて人類の移動の歴史を紐解くという我々が進めている挑戦的かつ独創的研究をも発展させる。
4)疫学的視点をもった医学研究者の育成:日本の医学教育において、とかく疫学は軽視されがちであり、自ら疫学研究及び疫学調査を実施する研究者は極めて少ないが、本事業では、疫学の世界的専門家から、系統的に疫学を学ぶ。